オハヨー乳業 酪農ユニット 責任者
櫻井 克久

オハヨー乳業は、今年4月より経営体制を刷新し、ユニット制に移行した。現在、「乳で当たり前をありがとうに変える」を掲げ、各ユニットがさまざまな取り組みを始めている。

今回取り上げる酪農ユニットは、乳業メーカーにとって欠かすことのできない「生乳」の調達を担当し、日頃から酪農家との接点を持つ。その酪農部門の取り組みが、近年変化しつつあるという。

従来のように、原料のひとつとして生乳を安定調達できれば良しとするのではなく、より広い視野をもって酪農と向き合うようになった。例えば社員一人ひとりに現在の酪農情勢を理解してもらうため、自分たちでビデオ教材を制作し、社内向けにオンライン研修を実施。新型コロナウイルスの感染拡大によって学校が休校し、給食向けの牛乳消費が落ち込んだ時は、営業や広報と連携して牛乳の魅力を伝えるイベントを実施し、メディアを通じて牛乳の飲用を呼び掛けることで、大きな話題となった。

そして現在は「循環」をキーワードに酪農を通じてさまざまな社会課題の解決まで実現しようとしている。その最前線で取り組むユニット責任者の櫻井克久に、目指している新しい酪農乳業の姿、その実現に懸ける想いなどを語ってもらった。

(インタビュー本文)
昭和28年の創業当時、オハヨーは「酪農振興」と「国民の健康と幸せ」を理念に掲げていた。昭和30年代、40年代には酪農部として10人以上の社員が在籍。1軒ごとの酪農家と契約し、獣医や種付け師の派遣、一部では生乳の運搬も手掛けるなど密接なつながりの下で生乳の供給を受けていた。ところが、大量生産・大量消費の時代が到来すると売り上げ至上主義に傾き、効率性が過度に重視され経営の意志を徐々に見失っていった。酪農家も、メーカーとの価格交渉力の向上や需給調整などを目的として指定団体制度(農協)に移行。メーカーと酪農家の関係は徐々に変化していくことになる。


酪農家が近くて遠い存在に

指定団体を通じて生乳を調達するようになると、業務の効率化は進んだ。一時は酪農部の社員1人で業務を回せるようになったのだが、その一方で、おいしい牛乳を生活者に届けるためには非常に大切である酪農家とのつながりが希薄になってしまった。「泊まり込みの会合や懇親会は多いものの、協力して課題解決に取り組むようなことはなく、乳業メーカーにとって“近い存在”だった酪農家が、いつの間にか“近くにあるようで遠い存在”になってしまった」と、2015年12月から酪農部で生乳の調達に携わってきた櫻井は反省を込めて振り返る。

2023~35年度の中期経営計画策定にあたりタスクフォースメンバーに加わった櫻井は、酪農家とのかかわり、生乳に対する「こだわりのなさ」など、感じていた問題点を率直にぶつけた。かんかんがくがくの議論を経て、「源流の価値をどう顧客価値に変えるか」「源流の価値をどう伝え、どう届けるか」といった論点が浮かび上がり、調達方針・戦略が固まった。

正しい循環の生乳を調達

櫻井が率いる酪農ユニットのキーワードは「循環」。現在、日本国内で牛、豚、鶏を飼育するために必要なえさの国内自給率はわずか25%程度だという。また牛などの糞尿は、えさを収穫した土地に返すのが本来あるべき循環の姿なのだが、輸入飼料頼みゆえに返す土地がなく、やむを得ず近隣の田畑に過剰に返した結果、リンや窒素が増え過ぎた不健康な土壌になり、そこで育てたえさを食べると牛の健康を損なう場合も…というスパイラルも発生している。

この課題と向き合い、正しい循環で育てられた乳牛から搾った生乳を調達するサイクルの確立が、同ユニットが掲げるミッションだ。「循環酪農」という言葉自体は何十年も前からあり、田んぼの多い岡山県でも実際に取り組む酪農家はあるが、「メーカーとして価値を見出すことができていなかった」。その結果、効率が優先され複数の牧場の生乳をタンクローリーに混載して運搬するのが当たり前と受け止めるようになっていた。

現在、具体的に取り組んでいる事例の一つがえさの国産化だ。酪農家自ら栽培し、それを乳牛に与える小さな循環が実現できれば理想的だが一足飛びには難しく、近隣の農家に協力を依頼して水稲から飼料作物への転作を促し、えさを生産していない酪農家が国産飼料に切り替えやすい環境づくりに取り組んでいる。また、循環酪農を魅力的なものにするためには酪農家の収入の安定につながる「出口」の確保が欠かせず、6次産業化への挑戦のサポートも始めている。「こだわりの生乳を確保し、出来上がった商品を地域の方に消費してもらう。生産者の顔が見える商品が流通するようになれば源流の価値が正しく伝わり、価格競争にも巻き込まれなくなるはず」と、乳の世界で農作物並みの地産地消の実現を思い描く。

当初、循環酪農の推進には高いハードルがあると予想していた。ただでさえ酪農家の経営環境は厳しく、またオハヨーが生産現場とは長年かかわりを持ってこなかったこともあり、櫻井の説明に対し、案の定「『なぜオハヨーがそんなことを』と不審がられ、怪しまれることさえある」有様だった。しかし「現在のような状況が続けば生乳生産が減り、酪農家もメーカーも将来展望は描けない」と粘り強く大義を説いていく。

コメで「もう一つの循環」

すると、同じような危機感を持つ酪農家から前向きな反応も出始めた。ある酪農家は、オハヨーがトウモロコシ、大豆などの輸入飼料に代わるコメの活用に着目していることに興味を示した。櫻井によると、コメの成分はトウモロコシとさほど変わらず、既に肉牛では飼料用米として使われている。牛には胃が4つあり、最初の胃で草を分解するのだが、コメをそのまま与えるだけではうまく消化できず乳牛が体調を崩して乳質に影響が出てしまう。そこでコメを乳酸菌で発酵させ消化しやすくすることで実用化を図るという。「乳酸菌ならオハヨーでもさまざまな研究を行っている。オハヨーの乳酸菌で発酵させたコメを与えた牛の生乳で商品を作るという循環ができれば面白い」。

一連の取り組みの背景には、「食べること、乳製品が大好き」という櫻井の強い想いがある。昨年ぼっ発したロシアによるウクライナ侵攻は世界の小麦価格に深刻な混乱をもたらし、日本周辺でも台湾有事の可能性が指摘されている。それなのに日本では飼料一つとっても輸入頼みのまま。食料安全保障という視点からも「日本の食は大丈夫なのか」と強い懸念を抱くようになった。そして「食品業界に身を置く自分に何ができるのか」と考えた末、導き出した答えこそ「地域で持続的に食料を生産し、循環させる」という発想だった。現在の取り組みは酪農ユニットとしてのものではあるが、櫻井自身は「自分事として取り組みたい」という想いが強い。仕事の枠を超えて社会課題の解決を模索する熱意が、酪農家に届きつつあるという実感につながり、それが櫻井を後押ししているのだろう。

自らの「意志」で仕事をする

岡山県下最大手の青果物卸業者が、農家まで出向いて集荷する「軒先集荷」の仕組み構築に踏み切るなど、農家の高齢化と後継者難、燃料高と運転手不足…と、食品の生産、流通の世界では従来の仕組みが制度疲労を起こしつつある。オハヨーにとっても決して他人事ではなく、その危機感もユニット制導入の背景にある。櫻井は「各ユニットの携わる範囲が広がり、課題解決のため、みんなが自分事として取り組めるようになった」ムードは感じるそうだが、「会社を変えるため組織を変えることは一つの手段だが、人が変わらなければ事業は変わらない」とも指摘。ユニット制により階層が減ることで「ちゃんと仕事に向き合う人が自らの意志で仕事をできるようになるはず。責任者として、メンバーたちの『私の約束』を通じてどんなことを実現したいのか確認し、導いていきたい」とし、酪農家に対しても目指す姿をともに実現していくことで「取引先」から「同志」の関係性を再構築する。

循環酪農を実現するためには、酪農家にとどまらず飼料をつくる農家や農協と巻き込む対象が多岐にわたり、それぞれにメリットがなければ物事を前に進めることは難しい。そのため「さまざまな業界のビジネスモデルを勉強し、いろんなピースをつないでオハヨーならではの流れを作る」ことを見据えており、こうした取り組みを通じて「自分が本当にやりたいことを見つけ、何度も見直している『私の約束』を完成させる」と目標を掲げる。

「私はコオロギしか選択肢がない世界は嫌だ。人間にとっていろいろなものを食べられることが幸せであり、子どもや孫の世代でもそうあってほしい」――。酪農を通じて社会課題の解決を目指す挑戦は始まったばかりだ。

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