特集 ライフデザイン・カバヤ50周年プロジェクト
「当たり前」と決別し帰属意識高める
繋がり確認できた1万7600全棟訪問

執行役員 営業管理本部長兼法人営業部長、プロジェクトリーダー
朝原亮二

ライフデザイン・カバヤは今年50周年を迎えた。記念事業のプロジェクトリーダーの朝原亮二は「今日があるのは先人たちのおかげ。そのことを認識し、帰属意識を高めるきっかけにしたかった」と語る。記念事業に込めた想いともたらしたものを探った。

プロジェクトリーダー朝原

父親の経営する工務店を継ぐつもりだった朝原は大学卒業後、地元ビルダーのライフデザイン・カバヤに入社。同世代ではリーダー的存在で、「会社を盛り上げたい」という気持ちが人一倍強く出世も順調だったが、成績不振で店長からの降格という辛酸もなめるなど、決して順風満帆とばかり言えないサラリーマン人生を歩んだ。

そんな朝原にとって転機となったのが、28歳の時に父親の会社が倒産したこと。自分を守ってくれていた親の傘が外れ、土砂降りの雨の中に放り出された感覚になった。「これからは自分の足で歩んでいかないといけない」と強く意識するようになった。朝原の父親は「何ごとも自分が正しい」という、典型的な昭和の頑固おやじタイプ。幼少期から“言葉の暴力”には随分悩まされたそうだが、いつの間にか、自分自身も思い通りにならないときには部下に厳しくあたるようになってしまっていた。「このままでは大嫌いだった父親と同じ。何とかしたい」というあせりのような意識が年齢を重ねるごとに強くなり、自己啓発に関する学びを始めた。ちょうど40歳を前にした一念発起だった。

正しさを求め過ぎない

さまざまな本やセミナーなど、プラスになると思うものは手あたり次第に試していたある日、名古屋で開催されたセミナーに参加し、その後の人生を大きく左右する言葉に巡り合った。講師からの問い掛けは、「オウム真理教(現・アレフ)はなぜサリンをまいたのか」というもの。「力の誇示」といった理由が頭に浮かんだのだが、講師の答えは想像とはまったく異なる「正しさを求め過ぎたから」―。自分たちの掲げる理想は絶対的という思い込みが、あのようなテロ行為につながったというものだった。

この言葉が、「今の自分と同じ。1人ひとり育ちも性格も違い、こちらが考える正しさを押し付けるのは大きな間違い」と、心に突き刺さった。セミナーの受講料は2日間で40万円と、サラリーマンにとっては決して安くはない出費だったが、「自分は40万円でこの言葉を買ったようなもの」と振り返る。

この体験を境に朝原の“見える景色”が変わった。営業マンとしては、2012年には1年通して月間連続受注を達成。続く13、14年には年間実績(利益ベース)の連続トップに輝き、LDKのトップセールスマンの座を不動のものにした。また、部下への指導では、1人ひとりの個性を引き出し、その延長線上の教育を心掛けるようになった。

「『馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない』という英語のことわざ通り、要は本人のやる気次第。上司は忍耐強く気付きを与え続けるしかない」と朝原。その人に合った手法にたどり着くための処方せんは存在しないが、自身が毎朝実践する職場の全員へのあいさつを例に「だれでもできること、すぐにできることを、だれもまねできないほど一生懸命やることは成功への近道にはなるはず」とアドバイスする。

窪田社長からの指名

1993年入社の朝原は、若手社員の多いLDKにあって社長の窪田健太郎、副社長の石本隆らに次ぐ古参。記念事業に取り組む上で「LDKの歴史に精通し、だれよりも愛社精神がある。成功させてほしい」と、窪田から昨年4月にプロジェクトリーダーに指名されたときには、自分なりの心の準備はできていた。しかし、いざ検討を始めると「通常業務でみんな忙しい中、どう進めればいいのか」と悩むことになった。「大枠を考え、細かいことはそれぞれ詳しい人に任せようとしたが、巻き込み方が大き過ぎても小さ過ぎてもダメ」。当初はプロジェクトに対する自らの「意志」も明確になっていなかったことから、無意味な会議を重ねてしまった。

いつも明るい朝原が苦悩する様子を見かねて、ある同僚から「周囲に気を遣わず、朝やんが決めて、それを下ろせばいいよ」とアドバイスされ「人の声に必要以上に惑わされず、自分で決めて前に進めよう。それで失敗しても仕方がない」と腹をくくった。

「正しさを求め過ぎない=多様性」にこだわり過ぎて袋小路に入りかけていた朝原はこの一言に救われ、その後は「プラスアルファの仕事はホンネでは嫌なはず。一堂に集めて話す方が自分は一度で終わるので楽だが、それでは(担当以外の話で)無駄な時間が多くなってしまう」と考え、各部門の責任者との打ち合わせを個別に設け、各責任者からスタッフに伝達してもらうことにした。

「みんなにとっての“無駄”を自分が引き受けるつもりだった。このやり方が正解かどうかは分からないが、とにかく忍耐強く続けた」。身上とする「一石二鳥」の真逆、「十石一鳥ぐらいかも」と笑うほど非効率なのを承知の上、あえて直前まで「縦割り」でプロジェクトを進めていった。

「当たり前」の意識を捨てる

記念事業のテーマは「顧客満足度と社員団結力の向上」。実施に当たり朝原は「社員、お客様、ステークホルダーを含めて、先人たちのおかげでわれわれは幸福な環境を享受できている。現状を『当たり前』と思うのではなく、感謝できるようになる機会にしよう」と節目ごとに社員に呼び掛けた。岡山県戸建て注文住宅着工棟数8年連続ナンバーワンと快進撃の続くLDKだが、一昔前は中堅ビルダーに甘んじ、工事や住宅ローンを巡るトラブル、消費税増税に伴う業績不振など厳しい時代を経て今日がある。

業績の急拡大に伴い、社員数は10年前の200人から約480人に急増。全体会議や社員旅行、運動会など社員同士が顔を合わせる機会を意識的に増やしてはいるものの、組織が大きくなるにつれ一体感を保つのは難しくなる。近年入社した社員にとっては現在のLDKの姿が「当たり前」であり、苦難の時代を経験した朝原は、50周年をそのムードに一石を投じる機会にしたいと考えたのだった。

記念事業は、50年間で手掛けた施主に感謝の気持ちを伝える全棟訪問と、ロイヤルカスタマー化を図るLINEアプリの開発、そして岡山と福山での感謝祭開催。全棟訪問の対象はざっと1万7600棟に上り、ゴールデンウイーク明けから全社員が手分けして回り、LINEアプリへの登録や感謝祭の告知とともに、「感謝の気持ち」を伝えていった。

40周年の苦い経験

LDKは40周年でも全棟訪問を実施したのだが、その時には厳しい評価を受けたという。朝原によると、住宅業界は利益幅が大きくなる新築物件に注力し、「アフターメンテナンスは“持ち出し”になるため、引き渡してしまえば後はほったらかし、というのが当たり前の業界」。LDKでも手厚いフォローができていない部分もあり、訪問先で「今さら何しに来た」と罵声を浴びせられるケースも多かったというのだ。

エス・バイ・エルのフランチャイズとはいえ、LDKは「カバヤ」のブランドを冠する地元ビルダー。過去の経営者の方針から、「お客様に背を向けてはならない」というDNAがあったにもかかわらず、アフターメンテの2年間が終わると、そこからリフォームにかけては力を注いでいなかった反省に立ち、2年ほどかけて、テレコールなどを通じて入居者との「繋がり」を再構築していった。

リフォーム部門を強化したこともあり、10年間で訪問先は約2倍になりながら、「全棟」にこだわったのは、LINEアプリというデジタルを活用した新しい「繋がり」とともに、「10年間取り組んだ結果、現在位置を確かめたい」という想いもあった。結果的に、全棟訪問で厳しい言葉を浴びせられるようなケースはほとんどなく、逆に感謝の手紙が届くこともあった。住宅メーカー「エス・バイ・エルカバヤ」から、1人ひとりの人生に寄り添い、より豊かなライフデザインを提案する「ライフデザイン・カバヤ」に社名変更した意図が、着実に浸透しつつあることを確認できた。

岡山会場の感謝祭の準備に追われる8月4日、朝原は全社員への説明会で「みんなにできるだけ負担をかけないため独断でコトを進めてきたが、最後の1カ月は協力をお願いする」と初めて正直な心境を伝えた。別の席ではある社員に、この1年余り、どんな想いを胸に秘めて準備を進めてきたかを話すと「そんなに孤独を感じながらやっていたとは知らなかった。何でも協力するので言ってほしい」と返してくれたという。孤独に耐えたことが報われた想いもあるが、それ以上に感じたのは「社員を路頭に迷わさず、人に嫌われるようなことも言わなければならない窪田社長は、トップとしてこの何百倍も孤独を感じている」ことに気付いた瞬間だった。

一過性で終わらせない

現状を「当たり前」ととらえてしまうと、組織から活力が失われていく。朝原の訴えはこのことに対する危機感であり、今回の取り組みを一過性で終わらせず、Next50thに向け「気付き」を与え続け、「個人と全体の幸せは相関関係にあり、日本カバヤ・オハヨーホールディングスグループ、そしてライフデザイン・カバヤに在籍していることの幸福さに早く気付いてほしい」と呼び掛ける。もちろん、自身にとって何物にも代え難い幸福である「幸せな家庭」は一生守り続ける覚悟だ。

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